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Sep 042004

権力者の想い

ロシアの立てこもり事件はやはり悲惨な結果になった。どーもロシア、ソビエト、ロシアとあの辺りの地域は国民の命に対して軽視しているような印象を受ける。前回の時も強硬突入で多くの人命を落とし、プーチンは今回は人命優先とアナウンスしていたが、結局強行突入で更なる被害を出している(テロリストが先制攻撃ということだけども、それも怪しい)

あの地域に住むと短期になるのか、スターリンからの共産党の宿命なのか知らないが、国民なんて部品なのだから国のために死んでも問題ないという考えがあるように見える。一応共産主義じゃなくなったということではあるけど、未だロシアで世論の力の発動といった事件を耳にしたことがない気がする。KGBの流れを汲む秘密警察の力が強いのか、こないだの大統領候補の失踪事件とか胡散臭い事件が多いように思う。その分アメリカはまだ微力ながらも自浄能力が力を持っているのを見るとまだましなのかもしれない。(それすらも幻想なのかもしれないけど)
ただ国というものが何なのか?という根本的な視点が違う場合は今回のテロへの対策も正解といえば正解なのだろう。とある国では領土内に駐留軍のヘリコプターが墜落した県の県知事との面会は渋っても、オリンピックの金メダリストに嬉々として電話をかけるような元首がいたりもするわけである。彼の目的が将来の日本のためなのか、自論の展開のためなのか、自分の人気を維持するためなのか、いまいち見えない今日この頃。
しかし結局テロに対して先制攻撃は是認されても、その先のテロを誘発する原因の追究に関してはなんら話題にもならないというのは一体何なんだろうか?テロは良くないことではあるが、実際自分たちがその立場にたった場合強大な権力に対して立ち向かうためにはテロしか方法はありえないかも知れないと思う。テロリストを短絡的と断ずるのは簡単だが、平和な日本に身をおいて彼らを目の前にそんなことが言えるだろうか?そこまで追い込まれている状況。そして何故そのような状況になっているのか?そこから解決の道を探るべきではないのだろうか?(レジスタンスは正義、テロは悪。すでに言葉遊びになっている気もするが)
かつてアメリカの奴隷制度はリンカーンの出現によって瓦解したが、それまで黒人の反乱は完全なる悪として処罰されていたことを考えると、現在のテロと闘う国々すら当時の南政府に重なって見えるときがある。結局は力を持っているものが正義。勝利したものが正義。それが世の常なのかも知れない。みんなが幸せを分け合って生きることができるような「絶対正義」はどうやったら実現されるのだろうか?と考え、また改めてここに書くことしかできない自分の無力さに辟易してみる。

2 Comments

言論の場が無いとテロを起こす、とは思いますが、言論のやりとりができるほどの教養がない人々が、教養のある人の煽動でテロを起こす、というのも真実ですよね。

それにしても、昔rottenで流れた首切り動画ではありませんが、スラブ系の人の生命の捉え方は、残日本人とはかなり違うようです。

>通りすがりさん
そですね、問題なのは教養のある人が善意に基づいた意志でそれらを指示しているのか?というところだと思います。アルカイダもCIAと繋がっていたとかいう話を聞いたりすると、結局アメリカの資本主義に全ての戦争が利用されているという感じもしたりします。
実際指導者が思っていることを正直にプロパガンダしても通じないというところでデフォルメしている部分もあるとは思いますが、なんにしろ教育によって広い視野を持ち物事を判断できるということは重要だと思います。(これはアメリカにも日本にも言えることでしょうけど)同時に教養を持つと言うことは同時にその教養を悪用しないための道徳心というものも同じように重要になってくるかと。武道などはカラダを鍛えると同時に精神的な部分にも重きを置いている場合がありますが、教養という部分に関してはそういった部分の危険性の認識が低く感じます。武力も知力も同じように精神的な部分の規範が必要なんじゃないかしら?とか・・・。
 
スラブやアフリカとかの戦争の映像を見ていると本当に驚きます。(東欧も昔は相当無茶苦茶なイメージがあるんですが)

この手の話題はなかなかコメントしにくいとよく言われるのですが、多分私も間違ったり偏見の中で書いていたりすることがあるので、コメントとかいただけるのは非常にありがたいです。まだまだ勉強して色々な視点を理解しなくてはいかんなぁと思っております。

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