June 2010 Archives

Jun 292010

dreamline


本能的に体が反応してしまう私はおじさん。

Jun 272010

カンヌう

今年のカンヌのグランプリは2つ。

1つめ、VWのThe Fun Theory
これはとても好き。最初youtubeで見たときには、VWとは気づかなかったけれど・・。
こういうのやってみたいな。やってみよう。

もう一つはNikeのChalkbot
これもとても好き。昔nineのイベントを聞いていて似たようなことを考えたのを思い出した。段々サイバーライオンもWebというわけでもなく、技術寄りの企画が増えてきた印象。(ソースやコネクターとしてインタネットを用いている部分はあるけれど)


で、僭越ながら、UNIQLO CALENDARも幾つか賞をいただきました。
Cannes Lions International Advertising Festival

GOLD:Websites & Microsites Clothing, Footwear & Accessories
Bronze:Craft Best Use of Video
ShortList:Best Digitally Led Integrated Campaign

関係者の皆様お疲れ様でした、そしておめでとうございます。
そしてお疲れ、自分。

壮絶!喧嘩マッチ烈伝

前田の徴収顔面蹴撃、前田VSアンドレのセメント、猪木と馬之助の釘板デスマッチ等、放送されなかったお蔵入り映像がDVDで発売とは・・・。闇ルートで高い金を払って買ってたりするんだが・・・汗


うーん、でも10時間で14000円か・・・。
悩ましいな・・。


まだ三沢さんのDVDも全部見れてないのだが・・。
あ、そうそう、少し話しずれるのだけど、浩人の誕生日は三沢さんの命日。
そして今年は寅年。
これは何かの運命かと思って、光晴という名前にしようかと思ったのだが、字画が悪く断念。
ここだけの話。

Jun 252010

命名:浩人(ヒロト)

6/23
マイソン2号の名前決定。
候補が120個ぐらい出てきて絞り込むのに四苦八苦。
しかし結局最初の頃に出てきた名前に決定。
こういうのは最初のひらめきがやはり重要なのか?

今日からチミは「浩人」君だ。よろしく。

ということで役所に行って諸々手続きしてきた。
児童手当ももらえるのだそうだ。
しかしまぁ目下のところ高額医療費の請求のほうが重要だ。

今日は保育器から出して生抱きしてきた。
あまりに小さくか細く、あっという間に壊れてしまいそうで、緊張して身動きが取れず、ひたすら汗をかいてしまった。マイソン1号の時と違うのか、それとも忘れてしまったのか、良く分からないんだが・・・。

6/24
仕事はおかげさまで忙しくしています。というかハードすぎる。魂が抜けそうです。
今日ワイフからマイソン2号がNICUから卒業したという報告を受けました。予想よりもかなり早い。順調なようです。良かった。ほんと俺もワイフもでかくてよかった。
鴨居に頭をぶつけまくったのも無駄ではなかったと思えた。


Jun 232010

AR実用系

IKEAのARカタログがすごすぎる… - IDEA*IDEA ~ 百式管理人のライフハックブログ

これは良いですね。
素敵だと思います。

ここに自分が座っている絵とか見れたりしたら、最高に素敵だ。

Jun 222010

Be my baby


もうこの曲も18年も前の曲なのか・・・orz
甘酸っぱい思い出もだんだん発酵していく。
あの頃の自分に伝えるとするならば、もっと落ち着けと。
ただそれだけを伝えたい。

up,down,up,down and up....

プライベートもバタバタしてたし、仕事もバタバタしてたし、なんだかいろんなことがバタバタしていたが、一つ吉報があった。良かった。まぁでも良かったで終わるわけでもなく、もっとハードになるし、責任も明確になるので、浮かれていてはイカン。なんか最近ブログを書く暇すら無いよね。忙しいのか、スピードが落ちているのかよく分からない。間違いないのはそれほど儲かってないと言うことだ(嘘

今週はほぼ毎日打ち合わせが入っている。
毎日電車にのるのかと思うと、かなり憂鬱だ。
なぜあんな密室に人が肌ふれあって存在しているのだろう?
経済大国の日本の何百万人のサラリーマンが毎日あんな状態で出社しないといけないことに対して、何故誰も改善要求とか起こさないのだろうか?どこかの政党がマニュフェストとかで改善するとか言わないのかね??

Jun 212010

一週間目

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日曜日。事務所で溜まった仕事を作業して朝8時に帰宅。
ワイフが病院に行っている間、マイソンと二人で留守番。二人で自転車で近所の公園を巡回。まだちょっと道路上での危険ポイントの認識が甘いのが心配である。

病院に行ったワイフは、初めてNICUの外でマイソン2号を抱かしてもらったそうだ。
今日でマイソン2号が産まれて1週間である。1週間前にはNICUの外で抱けるなんて想像もできなかった。結構長い時間NICUの外にでていても大丈夫なぐらい順調な経過らしい。
安心すると同時に、同じNICUにいる一歳を迎えたお子さんもいることを思うと胸が痛む。

夕食を食べてから再び事務所で作業。
なんだかとっちらかっていたが少しずつ整理されつつあるんじゃないかしらと思う。

Jun 202010

ワイフ帰還

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土曜日。
今日も保育園にマイソンを預かってもらう。
朝食は食欲旺盛。バナナとパンとコーンフレークを食べた。
事務所でボツボツ作業してから病院へ。ワイフとNICUでマイソン2号の経過説明を聞く。マイソンの黄疸は解決。母乳を飲める量も増えてきたので点滴も取れた。今マイソンについている機器は心電図のパッチと食事を送る胃までのチューブの2つ。身軽になった。週が早かった割にサイズが大きかったのがすこし幸いな感じっぽい。恐らく臨月まで胎内にいたら軽くマイソンを上回るサイズになっていたっぽい。夫婦揃ってでかかったのが不幸中の幸いかしら・・。名前はまだ試行錯誤中。一応仮の名前は決定。それで何日か呼んで違和感が無いかチェックすることにする。

ワイフは産後の肥立ちも順調と言うことで、色々荷物を整理して退院。そのまま二人で川﨑ラゾーナのアカチャンホンポでこれから必要なグッズを購入。溝の口に戻って二人で食事をして、保育園にマイソンを迎えに。実は近所の人、マイソン、保育園含めてワイフの退院についてはどうなるか分からなかったこともあり伏せていた。突然迎えに来たワイフに飛びつくマイソン。抱きついて離れない。泣いているワイフ。保育士の先生も貰い泣き。

保育園の前で家族3人で記念撮影。

家に帰ってもマイソンはワイフにべったり。犬の散歩に行くか?と聞いたら行かないと返事。散歩から帰ってくるとマイソンがワイフにしがみついて泣いている。散歩に行っている間にママがいなくなったらと想像して悲しくて泣いてしまったらしい。

今日はマイソンはママと一緒に寝た。オデは一人マイソンの部屋で寝た。
一歩一歩前進していると思う。

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Jun 192010

4日目、5日目

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6/17
早起きしてマイソンをいつもより早い時間に保育園に預けて、事務所で作業。昼から原宿で打ち合わせ。夕方公開予定の案件がシフトしたので、待機解除。夕食を作っている間にマイソンにおやつを与え、ゲームをして待ってもらっていたのだが、ご飯が出来てもゲームに夢中で食べなかったので叱ったら「パパとママ一緒がいい」と延々と泣いてしまった。結局ご飯も食べてもらえずグッタリ。泣きじゃくるマイソンを抱きかかえて寝付かせる。今日は病院には行けず。

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6/18
5時に起きて溜まってしまった洗濯を処理。夏になって保育園で子供が着替える量が半端無く増えて1日で3回も着替えをする。雨が降ると大変。保育園に送り届けた後、事務所でモフモフと山積した作業処理。ワイフからマイソン黄疸が出て、LED照射治療をうけるという連絡がある。
夕方某案件の更新公開。とても時間がかかってしまってスイマセン。今日も病院には行けず。昨日の件があったので今日の夕食はオリジン弁当を一つだけ買ってシェア。半分に分けていたら、一人で全部食べたいと言い出したので、オデは冷ご飯を解凍してお茶漬けを食べる。しかしマイソンお茶漬けにも興味を示し、それも食べたいという。むう・・。食欲にもえらいムラがあるな。その後二人でブロックで色々遊んで就寝。寝付かせた後一人置きだしてノートでモフモフと企画書整理。ニュースでワールドカップを見る。日本がオランダに勝てるのか?が今の日本の話題の中心らしい。全然見て無いけれど・・・。

Jun 162010

初めての抱っこ

デスマーチ終了後、徹夜明けのまま電車に乗って病院へ。
嫁と二人で新生児室へ。NICUに入るのもだんだん小慣れてきた。

マイソンは呼吸器、謎の帽子(脳波でも測っていた?)が外され、口から胃の中に入っていくチューブと、腕にささる点滴と、心電図のための端子ぐらいの装備になっていた。装備が変わったからか昨日見た時と顔の印象が違う。昨日はそうでもなかったのだけどやっぱり暗黒皇帝の顔である。(ワイフはガッツ石松に似ていると言っていた)

まだ睡眠中と言うことでワイフとべちゃくちゃとマイソン1号と、名前のことなど話しながら見守る。しばらくして注射器経由でワイフの絞り出した少量の母乳を胃の中に注入。ほんの僅かだけれどもそれが胃の中に入ってくるとマイソン2号は口をもぐもぐさせ、おしゃぶりをチューチュー吸っていた。胃の中に直接送り込んでも無意識にこういう動作を人間はするのだなぁ・・・。

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看護婦さんにオムツを変えてください、と言われ、久々のおむつ交換。
NICUに入っているのと、体中にコードが絡み付いているため少しややこしい感じだったが、まぁ普通に新生児用のオムツなので、いつも通り交換・・・しかけていたら放尿!丁度両足を持ち上げていたところだったので思いっきり自分の顔の方に向けて噴射。マイソンの小さい体は尿まみれに・・・。

体を拭きつつ、NICU内のシーツも汚れてしまったため交換。看護婦さんが交換している間、マイソン2号をNICUの中で抱っこ。とても軽い。片手でも楽々だ(持ってませんけど)。抱いている間マイソン2号は不愉快なのか手足をジタバタさせていた。こうしてみると普通に元気に見えるけど、まだ酸素濃度が高いNICUの中じゃないと生きていけないのだ。油断は禁物である。

1時間の面会時間も終り、ワイフと二人でディルームで2号の名前について議論。ワイフが素敵な響きを考えて、それに割り当てる感じを俺が姓名判断や字面で探し出す。というのが我が家のメソッド。名前のことをあれやこれやと話しているうちに、仕事が溜まっていることも思い出し、よろよろ帰社。

今日の晩御飯はマイソンと二人でオリジン弁当なり。
一応サラダも買ってビタミンも注入。

Jun 152010

デスマ

仕事がバタバタしておりちょっとデスマーチ気味。昼、病院に行き、書類的な諸々の手続き。ワイフもヨロヨロ歩けるようになっていた。二人でマイソン2号に会いに新生児室へ。呼吸を補助する機器がやたらとアラートを出すのがとても心臓に悪い。

デスマーチと戦うために、早々に事務所に戻る。
戻ったところ気味は完全にデスマーチに成長していた。ドンドンドン!

夕方マイソンを保育園に迎えに行き、マイソンに事情を伝える。マイソンを預かってくれると言ってくれているお隣さんの家に泊まるか?とたずねたら「パパを一人ぼっちにしない!」とマイソンが言い張るので、家から毛布をもって二人で事務所へ。オリジン弁当でマイソンのご飯を購入。俺は食べたら寝てしまうので食べない。

マイソンは黙々と先日購入したDSのマリオブラウザーズをプレイ。しかしまぁ4歳なので何をするゲームなのか?何故死ぬのか?等よく分かっていない。なので、いつもならお手本を見せてくれと言ってくるのだが、今日は我慢しているのかお手本をおねだりしてこない。
時々「ぱぱ、お仕事大丈夫?」、「パパのお仕事は玩具がたくさんあってかっこいいよね」とか「パパのお仕事はたくさん本があってすごいね」と話しかけてくるぐらい。

いつもと違う環境でテンションが上がったのか、いつもより遅めの23時頃にマイソン就寝。事務所の床で毛布にくるまっているマイソンを横目に見ながら、「仕事とは何だ?」と考えたり、毛布から飛び出したマイソンを毛布に収めたりしつつ黙々デスマーチと奮闘。明け方6時前に保育園の準備の為にマイソンと毛布をもって帰宅。マイソンを風呂に入れ、食事をして、再び保育園へ。

昼前にデスマーチ終了。みんなお疲れ様。
しかしまだ企画書とかやらねばならぬことが山盛り。
マイソン2号の名前も考えねばならない。産まれるまで性別が全くわからなかったので、女の子の名前ばかり考えていた・・orz

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まだまだとても小さいです。

Jun 142010

誕生!マイソン2号

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朝5時から散歩、自転車の練習、テレ朝テレビ。午後からワイフの見舞いを予定していたが、嫁の容態が急変したと病院から連絡。慌ててマイソンと一緒に病院へ。到着したもののワイフは処置室に入って面会謝絶。何をするでも、できるでもなく待合室でマイソンと二人ぼんやり待機。

しばらくして、見かねた看護師さんの計らいで処置室の控えの間のドアの狭間で面会。自動ドアにはさまれつつ、ベッドに横たわるワイフと会話。状況としては陣痛のような動きがありつつも、いつ産まれるのか?は結局なんとも言えないとのこと。マイソンのお泊りグッズを持っては来たものの、処置室内で監視を続けるとのことで、一旦帰宅することにする。別れ際「バイバイー!」と元気よく手を振りはしゃぐマイソン。しかし目に涙が溜まっている。助産師さんが放った「もうすぐママ帰れるからね」みたいな一言で号泣。「パパとママが一緒がいい」と泣いてしまった。

病院から駅に向かうタクシーで、泣いているマイソンをみて運転手さんが事情を聞いていたので説明したらトランクからコアラのマーチを出してマイソンにくれた。そして「おじさんのタクシーに乗ったらみんな元気になるから安心しな!」と励ましてくれた。


一度家に帰って夕飯の支度をしようかしらと思った頃に再び病院から電話。いよいよ!?みたいな状態らしい。急遽再びマイソンを連れて病院へとんぼ返り。しかし溝の口から南武線に乗ったところでワイフから「産まれた~」と電話。電波が悪くところどころ聞き取れなかったが、産まれた瞬間赤ちゃんは泣いていた。そのまま小児科に引き継がれ現在はNICUで処置中。そして性別は男。なんというか電車の中でこういう報告を聞くのがなにか居たたまれない気もしたが、母子共に現状生きていることにほっとする。
マイソンは以前から赤ちゃんは男の子だ!と力説していたが、見事に的中。
といっても50%の確率なのだけど(汗


病院に到着。しかしワイフも、マイソン2号もまだまだ処置中でしばらく会えないとのこと。病院内のコンビニで弁当を買い、暗くなったデイルームでマイソンと二人食事をして待つ。


1時間半後ぐらいして、ワイフが車椅子で運ばれてきた。喜ぶマイソン。監視室に移動してしばし家族の団欒。


21時ごろ子供についての小児科からの説明があるということで、一人NICUへ。消毒殺菌して、マスクを付けて入室。薄暗い室内には透明のトレイが並び、その間にずらずらと機器が乱立してピカピカ光っている。定期的な「ピ!ピ!」という音が乱れるたびに不安になる。


透明なプラスチックの箱の中にマイソン2号は横たわっていた。
鼻には呼吸器をつけ、口の中にはチューブが差し込まれ、胸には心電図のコネクタが取り付けられ、腕には体に不釣合いな大きさの点滴が取り付けてある。赤黒い顔で、目を閉じ、口から苦しそうに泡をブクブク吹き出している。

大きさはマイソンのときと比較して大きいのか小さいのかよく分からない。思い出せない。そんなに変わらないような気もするし、小さいような気もする。

担当医の方に説明を受ける。最初の検査では特に問題は無い。ただ予定日よりも2ヶ月近く早いので自力で呼吸は出来ない。食事も胃までチューブを入れて直接投入する。腕から心臓付近までカテーテルを入れて点滴などで補助する。1ヶ月ぐらいはNICUでこのような処置をする。とりあえず24時間乗り越えられるか?が目安といわれる。

触っていいですよといわれ、BOXの穴から手を差し込んで、マイソン2号の手を触ってみる。
小さい手がモロー反射で俺の指をぎゅっと握る。

破水し、転送先が見つからず途方にくれていたとき、病院のベッドで横たわる嫁のおなか越しに目の前で動いている君に、手を差し伸べることも出来ずただただ祈るしかなかったけれど、今は触ることが出来る。医学的なフォローが出来るわけではないけれど、お父さんがここに居るということだけでも指ごしに伝えることができる。ありがとう、がんばったなあと伝えられる。それすらも出来ないかもしれないと覚悟していたけれど、ここまでできるようになった。強欲だからこれぐらいでは満足しないけれどまず一歩。これから君が歩道程を出来るだけ見て行きたいと思う。

監視室に戻ると、マイソンが嫁のベッドにもぐりこんで一緒に寝ていた。
こんなに長期間母親と離れていたのは初めてだ。寂しかったのだと思う。彼もよくがんばった。ワイフも破水した不安定な状態で10日近く良くがんばった。家族みんなよくがんばったと思う。ありがとう。

時間もかなり遅くなったので、22時ごろにマイソンと二人病院を出る。病院の営業時間も終わっているのでタクシーも居ない。2回も長時間移動したマイソンは精神的にも体力的にもかなりクタクタで、それを抱きかかえタクシーを捜して街を徘徊。

しばらくしてタクシーをピックして乗り込む。タクシーの中でマイソンがまた「ママはいつ帰ってくるの?」と泣いた。一週間ぐらいで帰ってくるという話だったので、あと6回寝たら帰ってくると思うよと告げると安心して寝てしまった。これまではキチンと答えられなかったけれど、やっとキチンと答えることが出来た。

23時ごろに帰宅し、マイソンをベッドに運んで、色々と出生関係の書類を整理。仕事も溜まっていたのでワタワタしていたら朝になった。マイソンの食事と、保育園の準備をして、犬の散歩、そして洗濯。まだがんばれる。というか今がんばらないでどうするか?と気合を入れる。


最後になりますが、たくさんの方にご心配、励ましを頂きました。ありがとうございます。
サポートしてくれたみなさま、そして病院のみなさま。本当にありがとうございます。
いつかこの御恩を何かしらの形でお返しできるように精進したいと思います。

Jun 122010

もだもだ日記 6/12

土曜日:
マイソンを保育園に預けて、溜まった仕事と、新規案件の打ち合わせ。
洗濯したり料理したり、時間と手が足りない。今こそコピーロボットの登場を切に願うのである。

Jun 112010

もだもだ日記 6/11

母子家庭のお母さんのたくましさを実感している今日この頃。

朝5時から洗濯やら、掃除やら。午前中は渋谷で打ち合わせ。
そのまま嫁の病院へ色々届けに行って、事務所に戻ってあれやこれや作業。
19時に保育園に迎えに行って、帰宅して晩御飯を作る。作るといっても今日はレトルト・・・orz

近所の子供たちがお風呂に入った後で我が家に遊びに来てくれた。
マイソンも寂しいのがまぎれて助かる。

マイソンを寝かしつけて明け方まで諸々作業。1時間ほど寝ようかなと思ったらマイソンがおきてきたw
日常的にほぼ徹夜状態が続いている。もちっと効率的に色々やらないと俺が死にそうだ。

そろそろ梅雨である。
お洗濯が大変になる。
はーどっこい

Jun 092010

1週間ぶりのママンとの再会

産科での子供の面会OKと言われたので、保育園を休みマイソンと一緒に病院へ。


面会時間は14時からなので、それまでは家のことをあれやこれや。
先日植えたゴーヤはなんとなく順調に育っているような気がする。
冷蔵庫に大量に溢れている食材を幾つか下ごしらえ。
存在する素材から料理という組み立ては難しい。


昼から嫁に頼まれていた色々なものを購入して、マイソンと一緒に病院へ。
事前に病院での注意事項をマイソンに説明したのだが、入院病棟自体が初めてなのでちょっと緊張していたっぽい。嫁曰く、最初にカーテンの陰から嫁のほうをのぞいたときにかなり引きつった顔をしていたそうだ。しかし嫁が声をかけるといつもの調子に戻ってあれやこれや話をしていた。


一時間ほどして帰宅。


病院から駅までのバスの中、突然マイソンがシクシク泣き出した。どこかぶつけたのかと思ったら、「ママはどうやったら帰ってくるの?」と聞いてきた。「まだ分からないけど、ママも早く帰れるようにがんばってるから、アッキーもがんばって」としか答えられなかった。切ない。


夜ご飯を二人で食べながら、テレビを見ていたら、テレビの中で母親に言及するようなシーンが流れ、それを見たマイソンがまた「パパとママが一緒がいい」と泣いた。オデの膝の上は通常は犬たちのポジションなのだけど、この日は犬たちを追い払ってずっと膝の上でしがみついてシクシクしていた。


小さいながらも、元気に振舞っていたのかもしれない。
健気過ぎて泣けた。

絶倫

「絶倫」という漢字を初めて見たときに
「とても自分に厳しい人」
「ものすごい厳しい道徳」
という意味を想像したが、全然違った。
というか正反対の意味のような気もする。


未だに「絶倫」の「倫」はしっくりこない。
ちなみに「絶倫」とは、アッチの方だけの意味ではなく

>[名・形動]技量などが、なみはずれてすぐれていること。また、そのさま。抜群。
Ref.Yahoo!辞書 - ぜつ‐りん【絶倫】

ということなのだが、あっち以外の意味で使われているのを見たことが無い。
簡単に考えると「倫理を絶つ」>「本能のまま生きる」みたいな事だと思っていた。

結婚できるといいね

マイソンはワイフが大好きである。

「うつくしーママ」
「ママは可愛い」
「ママはお姫様」
としょっちゅう言っている。

ワイフが何を教え込ませたのか?は不明だが・・・。
(恐らくパンダコパンダ、未来少年コナンの中のセリフに影響を受けているのだと思われる)

で、未来少年コナンの最終回のダイスとモンスリーの結婚式がとても印象深かったらしく、「結婚」「花嫁」「ドレス」というのがマイソンの目下の重要ワード。で、保育園からの帰りにマイソンとこんな会話をした。

息:「ママはうつくしーよね」
俺:「そだね」
息:「ママにヒラヒラの帽子を被せたら、お姫様の花嫁だよね」
俺:「んー、そかね?」
息:「パパ、ママと結婚できたらいいね」
俺:「ん?パパはもう結婚しているけどな」
息:「アッキーもママと結婚するからね」
俺:「ん、まぁその頃にはママはおばあさんだけどな」
息:「・・・・」

まぁこんな歯の浮くようなことをいつも保育園で言ってたりするのだろうか?
非常に心配である。

Jun 082010

男ふたり生活

6/3
ワイフ緊急入院ということでバタバタして寝れないまま、朝5時半からマイソンと自転車の練習、保育園送迎、入院グッズとドラクエとか暇つぶしグッズを購入して病院へ。ワイフの容態はこの先どうなるかよく分からないという状態。ただ破水しているので胎内に留められるのはせいぜい一週間程度、しかも羊水に若干血が混じってきているので、今週末が山場なんじゃないか?とのこと。もう何を言われても事前にできることは皆無なので、出てきたら全力で対応するっつー覚悟を決めるだけ。

昼前に事務所に戻り、ふにゃふにゃヨロヨロと作業。夕方TIAAの表彰式のため表参道に移動。spfさんと一緒に表彰され、ちょっとパーティに顔出して撤収してマイソンのお迎えへ。今日はとある飲み会が予定されていたのですが、我が家の都合により延期。すいません・・。


6/4
イースト菌を入れ忘れ膨らまなかった失敗パンを持ち、マイソンと二人保育園に行く途中の川で鯉に撒き餌。パンと一緒にiPhoneも投げてしまいiPhone没水。電光石火で川に手を突っ込み救出。バッテリーを急いで外そうと思いiPhoneを調べるも、そんなパッカリ開くような場所は無い。あぁ・・バッテリー外せないのね・・と遠い目になる。これはユルユルと漏電してコンデンサとか死んでいくのだろうな・・・涙

音がならなかったり、デバイスエラーが出たり、液晶が曇ったりと、瀕死の状態のアイホーン。
もうこのままお亡くなりになるのか?と思ったら、半日経過したぐらいからなんとなく復活。
とりあえずメインボタンの反応が悪い以外正常に動作しているっぽい。

昼から病院。病院が遠いのが大変である。ドアツゥードアで片道1時間である。
恐らく今後しばらく夫婦共々通うことになるのだろう・・。医療危機である。


6/5
マイソンは保育園に預かってもらって、ちょっと停滞していた作業をガリガリと。今日はお見舞いはおやすみ。高額医療費とかの請求をするために、子供の名前を早く決めておかねばならないらしい。実はまだ性別すらわかってないので、男女両方の名前を考えねばならぬのか・・・汗


6/6
今日は突然お母さんの居なくなったマイソンのケアということで、一日マイソンと一緒。といっても朝6時半から9時まではテレ朝の虜に。

ワイフの身に何かあったとき、マイソンを病院控え室で待機させるためDSのスーパーマリオを購入した。しかし4歳にちょっと難しいのか、俺ももうよく分からないので、近所の中学生の女の子にお手本を見せてもらう。そのうち3年生の女の子も自分のDSを持ってきたりで、ゲーム天国みたいになったので、久々にプレステ登場。クマうた、サルゲッチュ、パラッパラッパー、REZとかやってみる。

そのうちマイソンが自転車の練習をしに川に行きたいと言うことで、みんなで川までピクニック。ジュースを飲んで、オヤツを食べて、川で遊んで昼過ぎに帰宅。そのままマイソンと二人でお好み焼きを食べに行き、2年越しの念願の「ゴーヤ」一式を購入して帰宅。イソイソと土いじり開始。

手伝っていたマイソンの元に、近所の同い年の女の子が自転車に乗って登場。その瞬間マイソン手伝いなんてそっちのけで、自転車に飛び乗りその娘と一緒に走り去っていった。これがマイソンの人生始めてのラブドライブなのだろうか??早熟だな。男親は息子の異性交遊には頓着しません。

マイソンがデートに出かけ、一人ゴーヤのセッティングをしていると、遠くからこちらを見て大笑いしながら近づいてくる一団が・・。よく見ると半●ファミリー。色々差し入れを持ってきてくれた。ありがたい。で、なんかあれのあれを作るとのことで、ワンピースの原寸版の本を渡した。所謂「生きたい!」っつーやつだ。楽しみだ。なんかもらえたりするのかしら?わくわく。


6/7
黙々と仕事と家事と見舞いをこなす。大変だけどこれができるのは俺だけ。
お見舞いに行ったらワイフがマイソンに会いたくなって、ベットで涙していた。子供厳禁の産科にあって、ワイフの入っている部屋は特別に子供OKな部屋なのだそうだ。なんと!そういうことは早く言え!ということで急遽水曜日に休みをとってマイソンを連れて行くことにする。


6/8
急に幾つかの仕事がバタバタしたので、お見舞いはお休み。晩御飯が謎めいた仕上がりである。料理のブランクが長すぎた・・。今朝、嫁が入院前に頼んでいたCoopのデリバリーが大量に到着。これを俺に一体どうしろと言うのか・・・・汗 悩ましす。
マイソンはなんだかんだとあまりわがままを言わず、彼なりに気を使ってくれているっぽい。

Jun 052010

amazarashi

久しぶりにヒリヒリする感じで良いな。

amazarashi

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Jun 042010

破水

6月2日 13時15分。
事務所で作業中のオデへワイフから電話。「破水したかも!」急遽病院へ。

診察の結果やはり破水。かかりつけの帝京大学病院は医師不足から小児科が閉鎖され、30週の胎児をケア出来ないとのことで、至急転院先を探す。

モニターしている胎児の心音が流れる診察室の中で待つ。
定期的な痛みがワイフを襲い、その都度医者や看護婦がバタバタしている。

なかなか転院先が見つからない。途切れ途切れに聞こえる壁の向こうの会話が気になる。
何度か転院先が見つかったか質問するが、救急センターから返事が来ないの一点張り。
そういうシステムなのだろうけど、進捗の分からない待機の状態は精神的にかなり辛い。
時間の流れがとても遅い。

嫁のおなかの中で子供がモゴモゴ動いているのが目で見える。苦しいのか、元気なのか良く分からないけれど、とりあえず目の前でまだ動いて生きている。しかし何もできない。手の届く場所にいるのに触ることすらできない。


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Jun 022010

1990年代

確かに1990年代のプロレスはとても面白かった。
プロレス自体は1980年代が話題先行だとしたら、1990年は深化したような印象。


1980年代のブック的プロレスのアンチテーゼとしてUWF、RINGS等の後の総合系の礎となる団体の出現がプロレス界に与えた影響で、ブック的な展開(両者リングアウトとかの不透明な結果)が少なくなった。それまでのファンにとってはとてもありがたいものがあったが、マスコミ的には話題として扱い易いネタが少なくなったとも言える。結果露出が減り新規ファンの開拓は頭打ちになったようにも思う。


1990年のプロレスが盛り上がっていたとしても内部的な話しであり、社会的にはテレビ放送が深夜枠になったり結構しんどい状況だったと思う。かといって新規開拓を怠っていた訳でもないのだろうけど、結果として新規流入口は地上波放送をやっていたK1や総合系となり、そこからプロレスへの流入が無かったと言うのが非常に辛かった。これは総合系にとっても長期的に見れば痛手であって、本当はセメントxブックの構図が描ければよかったのかも知れないと今になって思ったりする。(今の総合、K1の低迷を見ると・・だけど)


簡単に言うと1990年のプロレスは「ガラパゴス」的な存在だったのかも知れない。
良い悪いはさておき、非常に濃厚な時間だった。


ただ今の状況は非常に芳しくは無い。何か打開する術はないのだろうか?
個人的には猪木はあまり好きではないけれど、彼のようなエンターティナーとしても優れたプレイヤーの重要性をヒシヒシと感じる。やはり猪木x馬場という両輪が日本のプロレス黄金時代を作った大きな要因なのだろうなと今になって思う。


もうすぐ三沢の1周忌がやってくる・・・・。

Jun 012010

Google Maps API を使って、地図のカラーバリエーションを楽しもう。

Google Japan Blog: Google Maps API を使って、地図のカラーバリエーションを楽しもう。

これが半年前にあったなら・・・・(遠い目

しかしこれはどういう仕組で実装されているのだろうか?
Flashでは無理だったりするかな?

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