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Mar 282014

電子書籍プラットフォームの憂鬱

Amazon Kindle、Google Books、Rakuten Kobo、その他・・・

電子書籍は音楽に比べ、データフォーマットがビューワー依存のために小売(EC)の影響力が強く、MP3データのように異なる購入元のデータを混在して一元管理することができない(できるのかしら?)。購入サービスに縛られる制約とリスクに対して、電子版の値引き額にお得感がない・・・。

出版社(作者)から書籍のライセンスを購入し、利用サービスはただデータ取得元という関係がシンプルだった気がするが、既得権益、企業の駆け引きなどが収束せずサービス側に主導を奪われて酷い状態。結果、ユーザは電子書籍を選ぶ前にECサービスを選択しなくてはならないのが現状である。Amazonでの購入は日本の将来に負である認識もあり、日本企業から購入したいと願っているが、楽天KoboのUIが馴染めない・・・

「予期的UX」「一時的UX」で大きな割合を占めるUIデザインは「導入選択」に大きな影響を与える。更にサービスが複合的、長期的視点で「乗り換えが容易でない」思考で設計されている現状、実はサイクル的でなく「導入選択」がすべてを確定し、その後のUXを打ち消す(打ち消すというか行動基点として作動させる敷居を上げる)サービスの形態も存在する。
楽天さんにはAmazonの日本進行に対しての最後の砦である自覚を持って頂いた上で、UIやUXに対して真摯に取り組んで頂きたい。

たかがボタン、されどボタン

また、プラットフォームに対しての憂鬱と合わせて、更にアカウントに対しての憂鬱もある。

実際の書籍は購入すれば家族で読み回しができるが、電子書籍で同様のことをする場合は購入アカウントを共有する必要がある。
その際に「共有して良い/悪い書籍」が管理できる「購入アカウント」の下に「表示権限アカウント」が存在する構造を持っているのだろうか?

スマホは問題ないのだが、タブレットはこの問題がとても大きい。

我々は便利であろうとすればするほど、自らの情報を提供しないといけないが、配慮無い自己写像を作るインターネットへの情報提供を本能的に拒絶している部分もある。これらのバランスがうまく成立するにはもう少し時間がかかるのだろうか・・・?

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