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Dec 022003

human clock

11/29からNTTのはじめたshibuya smile clock。渋谷の街に1分間写真を映し出してくれるそうです。
まだどれくらい盛り上がるのかわからないですけど、ちょっと微妙な感じかも。
もともとのhuman clockみたいに「にやり」とできるものになるのだろうか?
なんかこの手の「にやり」系の企画に大企業が参入してもあまり上手くいきそうにないんだよなーー。偏見かも知れないけど・・・。

大企業がやるから面白いもの、インディペンデントがやるから面白いものとか色々あるとおもうんですけどね・・・。(深夜枠だから面白いものと、ゴールデンで面白いものが違うように・・・)純粋にそういうシチュエーションに左右されず楽しめるのが一番良いのかもしれないけど、今の世の中そんなに純粋じゃないしね・・。 (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

大企業が金をかけてこの手の企画をやるならもっとバカな方向に下げていかないと、笑うに笑えない気がする。大企業が莫大な金とテクノロジーを結集して超くだらないことをするってのが正解じゃないかと思ったり。

3 Comments

力を入れる程度なんじゃないかなと思う。絶対量じゃなくて、相対量。小さい規模のものはかけてる金額が小さいけど、総予算の中で精一杯出して、力を出し惜しみしてないから面白いんだろうな、と思う。小さいから面白いとは限らない。小さいから面白いんじゃなくて、そこにヌキが無いから面白いんじゃ無いかな。どうかな?

力の抜きがない(精一杯?)ってのが「おもろい」ってのはちと微妙かも。
「おもろい」「たのしい」に関しては逆に程よい力の抜き加減が必要かもしれない。
例えるならば
---------- 山折 -----------
ミルコが子供を注意するのにハイキック打たないだろうし、かといって試合ではハイキックを打たないと勝てない・・・みたいなものか?
---------- 山折 -----------
その企画の方向性によるんだけど、多分「労力」というよりも「肩の力」というかんじ。

「後戻りできない切羽詰った感じ」(必死)ってのも笑えるけどどちらかというと嘲笑気味のようなきもしる。それよりも少し「脱力」したほうが面白いことが多いと思うけどどーかな?(多分この手の企画で言うと「巨額の金をかけているから必ずおもしろくしないといけない」という切羽詰った感じが見る側にも伝わってきて痛々しいというか・・・。)
もちろん抜きが無くてよいものも当然たくさんあるけどねー。

「くまうた」とかはいい意味で肩の力が抜けているという感じですな。

自分で書いてなんだけど、ミルコの例えはヨーワカランなw

一番理想は「すげー一生懸命やったけど、それを全然感じさせない」というところかなー。今はそういう臭いみたいなものもその成果物のテイストに知らず知らずのうちに反映される世の中なんじゃないかなー。
純粋に物だけを見ないというか・・・やたらとストーリー付けしたがるというか・・・(俺かw)

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