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Jul 022006

殺人事件

毎日のように殺人事件が発生している日本。
最近は集団暴行2人殺害事件、奈良家族3人放火殺人事件が毎日のようにニュースで取り上げられている。これらに関して感じたことをメモしてみる。

奈良家族3人放火殺人事件では減刑の嘆願が行われているそうだ。
個人的には彼の減刑が少年を救うことになるのかが判断つかない。彼はともに生活をしていた「家族」を自らの手で破壊してしまった。残った父親と「家族」として生活していくのも難しい気がする。社会に戻り自分の「家族」を作れるのだろうか?嘆願をしている誰かが彼を「家族」として迎え入れてくれるのだろうか?それとも無期懲役で一生罪を悔い改めながら生きることが彼の救いになるのだろうか?自分に置き換えて考えたとき「減刑」や「更生」は「救い」なのか「罰」なのか良くわからなくなった。「救い」でもあり「罰」でもあるということなのだろうか?

集団暴行2人殺害事件に関しては主犯といわれていた人物が実は主犯ではなく、別の大学生が計画を立て、事件発覚後主犯といわれていた少年を主犯にするように口裏を合わせたという話が出てきている。そしてそれを主犯と思われていた少年が了承していたという・・。
個人的には「暴力団の名前を出した」ということが非常に恐ろしく感じる。被害者は軽い気持ちでそれを言ったのかも知れないが、言われたほうの恐怖感、絶望感がどれほどのものだったのか想像しただけで寒気がする。家族、親戚、友人にまで被害が及ぶのではないか?一生恐喝され続ける人生になるのではないか?警察も助けを求めると逆効果になるんじゃないか?その結果回避する方法=その関係を知る人物を抹消(殺害し行方不明にする)という切羽詰った結論に達してしまったのだろうか?
気になるのは中学時代の友人に助けを求め、その友人がそれを手伝ったという部分だ。まだ捜査途中なのでどういう経緯で手伝うことになったのか真相はわからないが、自分に置き換えて、もし友人が暴力団と揉めたときにそれを解決すべく(殺人ではなかったとしても)その輪の中に入っていけるのだろうか?と少し考えてみた。彼を突き動かしたのは「友情」なのだろうか??

殺人を肯定するつもりは無い。ただ結果として被害者、加害者ともに誰も幸せにならないという事実がただひたすらに切なく、悲しく感じる。
どうすればみんなが幸せに生きることができるのだろうか??
そういう方向に人間は進化できないのだろうか?
それとも少しずつでも変化しているのだろうか?
漠然とした不安と苛立ちだけが澱のように溜まっていく。

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